箱雑記ブログ

色々まとめています

土日。告別ショー。


この間のロックンロールカラオケナイトで馬場さんが100sの『扉の向こうに』を唄っていたのを聴いて以来、この曲の入っているアルバムOZをエンドレス。中村一義100sも周りの友人に比べたらそこまでがっつり聴いていたわけじゃないけれど、OZだけは延々聴いていた思い出。どれも好きだけど『Honeycom.ware』がのけぞりすぎて背骨やりそうなくらい好きです。
嶋佐さんがDragon AshのFANTASISTAを清和さんと唄いだしたとき、本物の本気!と色めき立ったんだけど今考えるとちょっと間違ってる。ニューヨークのFANTASISTAのネタ見たくなった。あと、FANTASISTAはサッカーよく見てた時期のW杯の公式アルバムにあって大好きだったのもあってより色めきたった。

週末の、マンボウやしろ告別ショーのこと。結局2回見ることが出来て、結果的にとても良かった。
1回目見たときに、あまりにも体力を持っていかれてしまって、そういうことを強いるほどの内容だったのだな、と。考えてみたら、家族のそれぞれの人生を一からつないでいく様を見ていたのだから、そうなるに決まってる。1回目を見て、これをもう1回見るのかしんどいぞ、と思ったけれど、勿論2回目見に行くし、見たらやっぱりよかった。
人は不老不死を手に入れると同時に愛を失う、愛を失うことは退化だし愚かだと言い切るキャラクターが出てくるのを見て、不老不死という共通のキーワードが使われていた『時代に流されろ!』を思い出すのはきっとみんな同じ気持ちだったと思う。『時代に流されろ!』で愛に抗えず時代に流される決断をする男を描いた家城さんが、告別ショーで不老不死は愛を失うことだと言うキャラクターを持ってくるの、面白すぎるなあと。あの人は不老不死について一体どれだけの思考を費やしたんだろう、と気が遠くなる。
今回の告別ショーのお話、あれだけの殺意を持つに至るだけのことがおきてて、それでもやり直すことって出来るのかな、とそれをずっと考えていたのだけれど、愛ゆえに殺したくなるのであればそれはあくまで愛が大本にあるのだから、そこに立ち返る、我に返るきっかけがあればうまくいくのかな。
殺したい方と殺されようとしている方が双方殺意を向け合っていたらダメかもしれないけど、少なくとも父の殺意を家族は知らずに(次郎が何も告げなかったから)いたから、修復できるのかも。相手の殺意を知っていたら、殺意の持ち主がどれだけ後悔しても、殺意を向けられた側はその恐怖を一生忘れないんじゃないかと思う。
次郎は色んな意味であの家族を救ったのだな、と勝手に納得する。猿は去る、で居なくなってしまった次郎は、言葉を知ることで概念を得てしまって、他のどんな猿よりも不幸な存在になって、あのままどこへ行ったのか。気になるー。大好きな家族を救えたことで、次郎が救われたんだとしたらいい。
ここまで書いて、こんなことを考えてたわけでも書きたかったわけでもないような気がしてきた。難しい。

家城さんのお芝居は音楽と密接につながっていて、音楽のライブを見ているといろんなアイデア?構想?が頭に浮かぶとご本人が言っているくらいだから、音楽ありきで作られているくらいの印象がある。今回の告別ショーも、劇中で使われているあらゆる音楽がお話とリンクしていた、んだと思う。私は全然詳しくないからその意匠をどこまで汲み取れていたかは甚だ疑問だけど。

以前、velvet under//misinという、やしろ劇団の前身の前身のそのまた前身みたいな芸人さんの劇団の舞台に、『ガーベラ』という公演があった。スピッツのガーベラという曲が肝に置かれてるお芝居で、そのお話を作ってるときの話をどこかで家城さんがしてたことがあって、強烈に印象に残っている。文言やニュアンスをはっきり覚えてはいないけれど、「脚本を書くのに煮詰まっていて、なかなか話が思い浮かばなかった。ある日スピッツのアルバムをかけっぱなしにしていたところ、ガーベラが流れてきた瞬間頭の中に一輪の花(あるいは花のような女でしたか?ごめんなさい記憶が曖昧です)が立っている場面が浮かんだ。そのイメージから一気に脚本が書けた」みたいなこと。
舞台『ガーベラ』のラストシーンは、愛のために戦ってぼろぼろになって命を落とした女(家城さん)がぼろぼろのまま舞台の真ん中で立ったまま絶命しているもので、それはもう美しかった。

家城さんが作る舞台は、そういう初期衝動的なイメージに従順に作られているのかな、と勝手ながら想像する。だから見ていてやけに心を奪われる図に遭遇することが多いのかもしれない。『愛の賛歌』のラストシーン。『エクセレント!!』の最後の指揮のシーン。『時代に流されろ!』の文字と音の奔流のシーン。とか。
勿論ぜーんぶ100パーセント私の勝手な思い込みなので全部そんなわけない可能性が大なのは承知の上で、なんとなく、そんなことをずるずると考えてしまうくらい、印象的な構図が今回もあった。ラストの、家族4人が並んで、言葉で人生をつむいでつなげて結びつけていくシーン。泣いてしまうよあんなの。誰かの人生が見事に表現されたときに、それが胸を打たないわけがない。

『時代に流されろ!』が役者さんに出演者を変えて本多劇場で再演、と聞いて、ぞっくぞくした。マンボウやしろ作品でいったら、最近一番衝撃を受けたのはこれなので。あれを本多劇場であの俳優陣でやったら、どんな恐ろしいことになるだろうと今から背筋がびりびりする思い。
演劇のことも全然詳しくないから、私にとって刺激的且つ衝撃的且つ圧倒的だったあのお芝居も、本当の(と言ってしまったら変なニュアンスに聞こえてしまうかもだけど、あえて)演劇の世界ではよくあるものだったりなんてことないものだったりするのかもしれないけれど、それでも、少なくとも自分という一個の人間の頭の中をぐっちゃぐちゃのめっためたにしてのけたあのパワーは尋常じゃないものだと信じたいな。
そういうパワーを再確認しに見に行く。とかそういうの実はどうでもよくて、単にもう一度圧倒されたいから見に行く。
昔から今の今まで、私にとって家城さんという人は、自分の中の「圧倒されたい」欲を意図的に満たしにいける数少ない存在のひとつです。いつだって自分の想像もつかない何かに圧倒されて打ちのめされて跪きたいんです。
ちなみに、あんまり語られてない気が勝手にしてるけど、『ビリビリ始まる』も凄かった。少なくとも私から見たあのお芝居はとんでもなかった。

告別ショーの中身とは全然違う方向の感慨として、坂田さんが家城さんの舞台に出てるってことにも色々とじんわり感じるところがあった。ジョビジョバは、お笑いを見に行くようになるよりもずっと前から見ていて、それこそカリカを知るよりも何年も前に家族みんなで見て笑っていた人たちだったので、10年とかじゃ全然足りないくらいの時間を経て、好きだった人たちが邂逅してる、ていうか単純に仲良くなってる、ということに、ひたすら感じ入る。感じ入るというか、変な気分だった。ここ繋がっちゃったよ、嘘みたいだよ、という。家城さんの単独ライブに坂田聡。嘘みたいだよ。人生って本当に何も予想がつかない。何が起こってもおかしくない。嬉しいこともかなしいことも吃驚するようなことも。


19日の日曜は遮二無二も見た。コント師5組の新ネタ×2本のライブ。新ネタなのに毎回ちゃんと面白いのも凄いけど、今回は4分ネタが5組とも面白かったのでいいなあ!となる。うるとらブギーズの魅力を知るきっかけになったのもこのライブだった。毎回新ネタとは思えないくらい仕上がった面白いコントを2本ずつ、しかも時間をきっちり合わせてもってくるうるブギさんのかっこよさ。
お客さんが100人切ると即終了のこのライブが、毎回ギリギリ踏みとどまりながら定期的に続いていくのがとても嬉しい。シンプルでストイックなよいライブだから末永く続いて欲しい。

ブログを書くことは自意識と欲求との折り合いをつける作業みたいなところがあって、自意識をこじらせすぎてるところがあるから駄目なんだろうけど、書いてる間中自意識とのせめぎあいがある。単に書きたいだけの欲求の方が絶対にかっこいいと思っていて、自意識が書きたい欲求を上回ったらかっこ悪く見苦しい記事になる、と思う。あくまで私の場合。
なので、なるべく衝動的に書きたくなったときにだけ、なるべく感情を出しすぎないようにして、書くのがちょうどいいんだろう、と思っているのだけど、昨日、たまたまランパンプス寺内さんのブログを拝読したら、「ブログを書かないと自意識が下がる」というような内容があり、その書きっぷりがちょっと新鮮だったので、おお、となった。芸人さんという生き方のための自意識は一般人のそれより種類の違うはるかに大事な要素だというのは大前提として、ブログ書くのが自意識とのせめぎあいな私には、書くことで自意識を保つという意識は面白いし新鮮。
あと、「目立つのが好きで内心ナルシスな自分とめんどくさがりの自分を天秤にかける」というあたりとかはもう、本当に、分かるわーと。こんなに長く自分と付き合ってきた中でいつまでも飼いならすことのできない煩わしい自意識さえも、あっさりと凌駕する「面倒くさい」という衝動のチートさ。なんとかならないものか。
ランパンプス寺内ゆうきの「カワイコちゃん連れてきましたよー!」- なんだか

三連休。


免許の更新をしました。免許を更新するたびに必ず思い出すのが、更新の都度免許証の写真でいろんなチャレンジをしていたというかたつむり林さんの写真の話。あの話してたのってヨシモトスープのオールナイトでしたっけ、違いましたっけ。右から風が吹く写真、左から風が吹く写真ときて、次の更新ではこの写真になりました、って見せてもらったのが下から風が吹く写真で笑い転げた記憶。免許更新はオリンピックだと林さん言ってたな、今でもあれやってるのかなあ。

三連休の前の金曜日。彩Jrライブを見に行ったところ、サンシャインが先日のネタ展でおろしたネタを、よりコンパクトにより研ぎ澄ませて披露していてお見事!と言いたくなるくらいの仕上がりで、惚れ惚れしてしまった。KOCの準決勝からずっと、ネタの編集力のことを考えていたのもあって、余計に素晴らしいなあと。あのネタほんといいなあ、諸々のチョイスが絶妙なのと、まともであることが面白且つ裏切りになるという楽しさと。
あと、エレーンの漫才が見たことないネタで、脳が芯から喜ぶ類の面白さですごいな!となった。あとでエレーン野澤さんのツイートを見たら、新ネタだったと書かれていて度肝を抜かれる。Jrライブで新ネタおろすんですか。しかも数日後に新ネタライブ控えて。エレーンのファンの方は何もかも見逃せないんだな。

帰りにDVD借りる。三連休だし、と思って欲張って3本。いつ見るの。
寝る前に翌日返却しなきゃいけない別のDVDを見る。お友達が大好きな映画だという『犬猫』という映画。核心に迫るような大きな台詞があるわけでもなく、淡々と柔らかく切ない日常が言葉少な目に流れていくお話。難しい映画だったけど、犬も猫も可愛くて好きだな。あとお布団が魅力的に描かれすぎててときめいた。見終わって毛布に包まってぬくぬくと寝られて最高に幸せだった。

土曜日。起きてすぐ借りてきたDVD見る。『パニック・ルーム』デヴィット・フィンチャーの映画は真ん中に・のつく映画多い。
演出天才、脚本も天才!ぞっくぞくして見た。真昼間じゃなくて夜見たかったな。強くて美しくてかっこいい女子が好きなので、そりゃジョディ・フォスター嫌いなわけがないです。あと娘役の子がきっれーだな!と思って調べたら、トワイライトシリーズのヒロインの子だったので、成る程となる。美しいわけだ。
今まで映画を見てなさすぎて、まだまだ見てない名作があるので本当にありがたい。
休日にDVDを見るときは、前日寝る前に見ようと思っているDVDが何分あるのかを確認して、家を出る時間から逆算してDVD見てから準備して出かけるまでに何時間必要かを見極めて、目覚ましをセットするようにしている。なんせ根がだらしないので逆算して目覚ましをかけることが人生の癖になっている。そうやって逆算しながらDVDを見るから、どうしても時間の短い映画を優先して見ることになりがち。

大宮の劇場でおでかけずしゃる。大宮は微妙に遠いのだけれど、おでかけずしゃるにゲストがグランジであれば行く甲斐あります余裕です。
行ってみたらばしずるのネタが少し前にずしゃるかな?でかけてた金がないと泣く親友のコントで、しばらく見てなかったけど大好きなネタで来た甲斐!と嬉しくなる。改めて見てもいいネタ、脚本が楽しすぎる、と思ったので定期的に見られたらいいなと。グランジも見たことないネタだったので来た甲斐!となった。劇場に行く行かないは自分で決めてることだからライブがどんなだろうと足を運んだことを後悔するなんてことは無いけれど、足を運んでよかった来た甲斐あったと思えることは嬉しいものです。
トークの中で、グランジとしずるが準決勝での手ごたえ云々を割とリアルな手触りでもって話していたのと、グランジの悪夢のような初単独の様子を今までで一番詳細に聞けたのがとても嬉しく。
しずるの久しぶりのネタを見て、ベストセレクションは今までのよいネタをまとめて見られるという素晴らしい機会なんだろうけど、今日のネタみたいな、定期的に披露されてないと思われる(実は私が見られていない営業などで定期的に披露されてるようでしたらごめんなさい。)でも凄く面白いネタ、みたいなのは、本当に一期一会になっちゃうんだな、と思う。たとえばベストセレクションで昔の単独のレアなネタが披露されたとして、それはやっぱりそのときの特別なネタということでどんなに面白くてもそれ以降はまたお目にかかることは難しくなるのかなーと。そんなことを帰りの電車の中でつれづれと考えてた。

ライブ終わりに飲み会に合流。とことん気の置けない友人たちとの飲み会で、しかもあんなにちゃんとほぼ全員が集まれることはまずないって感じだったので盛り上がりすぎる。いつも集まれない側の面子ですけど私。申し訳ない。
獺祭があったから飲んだ。美味しかったけど、一合で獺祭よりも200円も安い銘柄のお酒(名前忘れちゃった)の方が舌に合ったので残念な安上がりぶりだなと思った。
あまりにも楽しすぎて気持ちよく酔っ払って、軽く目を回しながら帰宅して、大森靖子ちゃんを2曲ほど絶唱して、ベッドに倒れ込んで以降の意識がなくて、起きたら4時前で、服着たままで、なんという…って自分のことがとても嫌になって、なんだかんだあって5時過ぎてもまったく睡魔が迎えに来てくれなくて、なんか体中も乳酸たまってるみたいに痛くてしんどくて、多分寝たの5時半くらい。

日曜日。昼からJET GIG。新ネタをがっつり2時間。横澤夏子様の歯医者の受付の女性のコントが本当に面白くてとんでもない。スイランというコンビの漫才が脳が喜ぶタイプの面白さで、おお、となる。名前覚えた。サンシャインのネタがお互いの主張をぶつけ合う漫才でわくわくする中身だったので、コンパクトになったの見たらより面白そうだなと。7分以上やってたらしい。さすがだ。

夜のTHE MANZAI本戦サーキットについてはもう、全部面白すぎたわ!という気持ちでいっぱい。自分が審査員じゃなくて本当によかった、甲乙なんてつけられない。
今年のPOISON GIRL BANDの認定は、唯一無二で多分今凄いことをやっているPOISON GIRL BANDという漫才師の復権の第一歩になればいいと勝手にでも半ば本気で思っていて、この日のポイズンの漫才はそんな自分のヘビーな気持ちを軽やかに鼻で笑い飛ばしてくれるような素晴らしく面白い漫才だった。ので、ポイズンの漫才で自分が涙流して笑えたことが嬉しくてならない。サーキットでポイズンの漫才で笑い転げられる幸せったらない。
囲碁将棋の凄味は、中盤のフリーズで下がってしまったと思われる客席の温度を残りの漫才の中でピークに近いとこまで取り返してみせたあのリカバー力だと思う。あそこまで取り返せるなんて本当に凄い、尋常じゃない。漫才のテキストそのものが面白いのと、その漫才そのものの面白さを囲碁将棋自身がブレずに伝えてのけたから、結果ものすごく面白い漫才になってた。馬鹿よ貴方はさんが誰よりも4分を超えた漫才で、でも抜群の面白さで1位になったことを考えたら、コンマ数秒の失速を簡単に減点とするような見方はされてないんじゃないか、と翌日友人と話して、だとしたら囲碁将棋はむしろ評価されてる可能性大いにあるかもしれないね、なんてことを思う。そうだといいな。
馬鹿よ貴方はさん、三四郎、そりゃもう面白かった。三日月マンハッタンもう大好き。磁石とチーモンの肩に力の入らない見事な仕上がり。0番手ダイタクのたまらない面白さ。あったまった客席の熱をそのまま愛たっぷりの笑いに変換する1番手トップリードの素晴らしさ。

月曜日。昼からneeds。相変わらず笑い疲れてぐったりする2時間。マッチョゼスチャーはどこまでゆくのか。MCがロシモンさんだというだけで見に来た甲斐!となる。ゆったり感のMCでも思うことだけど、どんだけ素晴らしいんだ。らせん富田さんの、きもちわる、と言われて「気持ちええわ!」と返していくあれが面白すぎたけど、まったく富田さんと関係ないところでロシモンさんが何気なくきもちわる、と言った瞬間に舞台の一番端の方から富田さんが「気持ちええわ!」と反応した瞬間のけぞって笑った。芸人さんの笑いへの瞬発力ってたまに常軌を逸してるわーと思う。

夜のKOC。心の中で犬の心の優勝をがっちがちのごっりごりに祈りながら見てた。犬の心と、シソンヌを。思い入れの強い順に。
KOCの事前番組で犬の心を見るたびに涙ぐむ始末だったけれど、1本目のあのコントでがんがんに笑いを巻き起こしてるのを見て、感無量というか何というか。犬の心は面白いから通用するなんて当たり前だけど、でも、あまりにもいつもどおりに、賞レース決勝の気負いさえもかき消すほどに、ベテランらしく余裕を持ったコントぶりだったので、本当に凄い人たちだなあと。
東京のごく小さな範囲でのライブで名前を知られている人たちが、テレビでならお笑いを見るという全国の人たちに、面白いコントをする人たちだ、と一瞬で認知される、その魔法のような素晴らしさを一番実感したのは、やっぱり一番長く見ている犬の心の時だった。
最後の最後、KOCがチョコプラとシソンヌの対決にたどり着いたのを目撃したとき、普段はなんて難しくて意固地で冷たいんだと思ってしまうことの多い笑いの神様が、9年間苦労して苦労して苦労してきたチョコプラとシソンヌという盟友たちに、こんな極上の舞台を用意したことに、よく分からないけれど、くそう!と思った記憶。こんな、漫画や映画でやったらありえないと言われそうなドラマを、コント師にとって一番の舞台でチョコンヌに用意するなんて。勿論あのドラマを勝ち取ったのはチョコプラとシソンヌの力だと分かりつつも、なんとなくそんなことを。
シソンヌの2本目の途中からどういう訳か涙が止まらなかったんだけど、あのタクシーのコントが、それまでの14本のどれとも違う空気のドラマチックでお芝居らしいコントで、どちらかと言うとガツガツと笑いを取っていくようなコントではないコントで爆笑を起こしていて、シソンヌの凄味ってこういうことだよねーと思って、天才だな!と思って、シソンヌが天才なのが世間に知れ渡っちゃったな!と思って、で泣いてた。もうよく分からない。多分、あのちょっと頭はおかしいけど基本いい話、で笑いを取ってのけてたことがたまらなかったんだろうとは思うけど。
シソンヌをそれなりに見に行っておかなくては駄目だと思ったきっかけを、録画で改めてKOCを見直しながら思い出してた。その瞬間はもうはっきり覚えてて、いつだったかのライブで見たお祭りコントのラストの、じろうちゃんの「…雪。」でシアターブラッツが揺れた瞬間だった。

行けない大阪に思いを馳せるのがしんどすぎてブログに逃避した結果でした。だらだら長々書くの楽しいですね。

囲碁将棋の発表会

一日5公演に分けて、過去のネタから賞レースネタから好きなネタまでを一日かけて見せてくれる囲碁将棋のライブが、コンセプトの時点で極上なのはもう分かりきっていて、それでも極上だったと声を大にして言いたいくらいの夢のライブだったので、自分の記憶を残したいがために出てきました。
以下感想です。ネタバレは極力控えていますが、気になる方はご注意ください。

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犬の心。


今年のキングオブコント準決勝の1日目が終わった直後、赤坂BLITZの外でお友達のお友達にご挨拶をする機会がありました。
その方が犬の心のファンだと聞き、長くお笑いを好きでいるお友達のお友達だということは、この方も長く犬の心を追いかけているんじゃないかな?と思い、犬の心は『バ』(2002年〜2003年にかけて開催されていた、犬の心の初の単独イベント)の頃から見てました、と言ってみると、案の定その方も「私も『バ』見に行ってます!」と返してくださって、嬉しくなりました。『バ』を見ていた人と今も劇場でお話できるというのはとても貴重だし、準決勝で犬の心が抜群にウケた直後だったのもあって、すっかりテンションが上がってしまいまして。「犬の心、あの出来だったら今年はありますよね!」「犬の心が決勝行ったら泣いちゃいますね」という会話をしたのをよく覚えています。
翌日の決勝進出者発表で、犬の心が10組の中に入っているのを見て、そういうタイミングだったんだ、犬の心というコンビの充実期だからこそ前日のような出会いがあったんだな、と妙に納得しました。昔からのお客さんも、最近のお客さんも、みんなが今の犬の心の勝負どころを見届けたくて準決勝に集まってくる、そういうタイミングだったのだな、と。

犬の心をはじめて見たタイミングは確か2002年あたりだった気がします。その頃見ていたチャイルドマシーンカリカが今はもうなくなってしまったことを考えると、頻度はともかくコンビとして定期的に長く見ているという点では今の芸人さんでは一番なのが犬の心じゃないかなと思います。
初めて見た頃から、犬の心はずっとコントをやっていました。たまに見る漫才も面白かったですが、それでもずっとコントでした。それも、キャラクターや役割の部分は変わっていったとしても、コントの根っこの部分にあるカラーはほとんど変わらない、犬の心らしさが染み渡るようなコントを、ライブに足を運ぶたびに見せてくれている印象です。
すごく派手ではないけれど、理屈と不条理であふれた濃厚な脚本で作られたどっしりと奥行きのあるコントを、唸ってしまうような演じ手としてのパワーで見せてくれる犬の心は、いつ見ても面白いから、単独ライブは欠かせませんし、定期ライブや「できる7人」を必死で追いかけるようなことはなかなか出来ないですけど、自分が見に行くライブに犬の心がいたら絶対に嬉しいしやった!と思います。見たら絶対に面白いものが見られるという信頼があるので、見に行こうかなどうしようかな、と迷っているライブに犬の心がいると、フットワークが一段階軽くなる、そういう人たちです。

だいぶ昔の話ですけど、まだ大阪に居た頃のジャルジャルの2回目の単独ライブを当時のbaseよしもとに見に行ったときに、あまりにも面白くて、関西の若手がこんなに面白い単独ライブをやってのけるなんて!と衝撃的で、根っから関東のお笑い育ちの私はちょっと悔しい気持ちがあったりもしたんですけど、そのときに「でも関東には犬の心がいるから!」と思ったことを強烈に覚えています。犬の心がいるから大丈夫、と。何が大丈夫なのかは今でも分かりませんけど。
それがちょうど、『ババ』とか『バババ』とかの、当時の若手の単独祭りでも図抜けて面白いコントライブを見せてくれていた頃でした。

そんないつも面白い犬の心のネタが、今年に入っていろんなライブで見るたびに、見たことのないネタであることが多くて、さらにその見たことのないネタがものすごく面白い!となっていて、あくまで私の中だけの話ではありますが、今年の犬の心はちょっとすごいんじゃないか、と思っていました。だからこそ期待も上乗せで見てしまうのに、そんなこちらの勝手な期待さえも軽々と乗り越えて笑わせてくれるから、本当にすごいことになっている!と。
犬の心がキングオブコントを見据えて始めた「犬の心本気ライブ」は確か2011年ごろから開催されていると記憶しているのですが、ずっと続けてきた本気ライブが4年目を終えようというところで決勝進出を勝ち取ったのを見て、芸人さんが色々なものを犠牲にして真摯につぎ込んだ労や情熱は、裏切らずに芸人さんに返ってくるんだ、と思わされました。ましてやそうして捧げていたのはあの犬の心だから、だからこそ、しっかりとそれが報われる形で返って来た時間に立ち会えて本当によかったと思いました。

先日見たカナリア安達さんのトークライブで、安達さんが、その場には居なかった犬の心の決勝進出を知ったときの話をしていて、「こんなに芸人を幸せにしたニュースは今までないんちゃうか」と言っていて、不意打ちでちょっと泣きそうになってしまいました。
芸人さんをそんな気持ちにさせる、犬の心というコンビの得難さを、改めて思い知りました。同業の人にこんな風に言わしめるって、どれほどひたむきにやってきた人たちなんだろうと。

だいぶ昔だと思うんですけど、「金持ちにならなくてもいいけど、もうちょっと面白くはなりたい」と言っていたのは押見さんではなかったかな。押見さんの言葉はいつでも特にシビアで地に足のついた言葉選びがされているイメージで、夢みたいなこととかお気軽なことをたしなめるような響きが強い気がするのですが、それだけに、この言葉が持つ「面白くなりたい」の重みみたいなものがとても印象的です。そして実際に犬の心は今年ますます面白くなってる。それがすごい。
決勝で犬の心の面白さがどの方向に転ぶのかはまったく分かりませんけど、あの複雑な色合いを持つコントたちが世に出ていくのを見られるのが、今から本当に楽しみです。

犬の心の門出に向けて何か書きたいなと思って、書いてみました。

囲碁将棋単独ライブ『最幸』

1月ぶりという短期間で開催されたルミネでの囲碁将棋単独ライブが、素晴らしく面白くてマジか!という気分になりましたので、ブログを書きに出てきました。本当に、どれだけ面白ければ気が済むのか。
以下感想です。ネタバレについては極力注意していますが、今後ライブ等で披露されるネタもあると思いますのでご注意ください。

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彩〜irodori〜Summer Festival サンシャイン第一回単独ライブ『お前の宇宙に入れてくれ』

サンシャインの初の単独ライブに行ってきましたら、これがもうちょっとどうかしてるくらいの力強さでいっぱいの、素晴らしい面白さだったので、たまらずブログを書きにきました。
以下感想です。ネタの内容についてネタバレは極力控えていますが、今後別のライブで披露されることがあるかもしれませんのでお嫌な方はご注意ください。

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しずる単独ライブ『日常と爆弾なんてさして変わりはしない』

年に1度のお楽しみ、しずるの単独ライブを見てきました。
以下感想です。ネタバレは極力控えていますが、タイトルの記載やコントに対する具体的な感想がありますので、お嫌な方はご注意ください。

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