箱雑記ブログ

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神保町花月『僕を忘れて』

井上マー班の千秋楽に行ってきました。
1回しか見られなかったことを本気で後悔するくらい、凄く良かったです。以下盛大にネタバレしつつ感想。



カリスマロックミュージシャンが、不慮の事故でこの世を去ってから、霊となったミュージシャンと彼の姿が見える男が中心となって、彼を思う人々に思いを伝えていく、というお話。ざっくり説明しすぎですね。
ストーリーそのものには複雑なところは何もなく、誰からも愛された一人の男が、彼を愛している人々を残して死んでしまってから、残された人たちに思いを伝えたりする中で、いろんな登場人物にちょっとずつドラマがあったり、意外な一面が見えたり、成長したりするというもので、例えば「この先どうなるの?」というどきどきはらはら感が生まれるお話ではないのですが、その分、彼を取り巻く人物の色んな思いが渦巻いていて、それらがひとつひとつ丁寧に描かれて(演者さんが丁寧に演じている、ということでもあるのかな)、見ているこちらはそんな色んな人の心の動きひとつひとつにちょっとずつ心を揺さぶられる、というお話だったな、と思っています。
カリスマミュージシャン・日下圭吾を取り巻く彼の身近な人たちの心情と、彼らを思う圭吾の言葉が、雑にならずにしっかり綴られていたから、それがとても良かったんだな、と。なおざりだな、と思うことがほとんどなかったのがとても好きでした。
圭吾が本当にいい人だったんですが、彼を取り巻く人たちも、嫌な人がいないというのも個人的には良かったです。単純に後味がいいので。いろんなタイプの善良な人たちがいる、というところがまた変に甘い感じになり過ぎなくて。


タイトルの「僕を忘れて」が意味するところが、主人公が事故死してしまうのを目の当たりにしてから分かるのですが、「ああそういうことか!」と分かってからの揺さぶられ方は尋常じゃなかったです。このお芝居にはそういう小さな気付きが何回かあって、そういうささやかな伏線の回収がいちいちたまらなく素敵でした。特に最後の、指輪に関する謎解きに関しては、もう!圭吾の姿が見えるのは指輪を持っているから→指輪を渡されれば凛呼さんにも圭吾の姿が見える、と気付いたときの、私の中の「うわあ!」という気持ちの振れ方ったらなかったです。
死んでしまった恋人との心の交流という展開を見ながら、「天国から北へ3キロ」みたいだな、と思って見ていたのですが、あのお芝居でも最後一瞬だけ死者と生きている人間とが邂逅する瞬間があって、それを思い出しました。そっちのシーンもたまらなく良くて大好きだったのですが、こっちのシーンも、「見えた!」と分かるシーンが最高で、とにかく泣けました。またあのシーンで、凛呼さんに自分の姿が見えたと気付いた瞬間の、マーさんの表情がすごかったんです。
お話の最後の最後が、からっと笑える感じだったのも良かったな。いつまでもしめっぽさを引きずっちゃうより、ぐっときてしまったかもしれない。
やっぱり、脚本て本当に大事だな、と再認識です。


とにもかくにも、マーさんと、あべさん、そしてフォービーズの伊藤さんです。もう本当に素晴らしかった!
マーさん演じる圭吾は本当に叩いても叩いても埃が出てこない真っ当で腰が低くて大事な人に厳しくできたりもできる、隙のない「いい人」だったのですが、それが全然嫌味じゃないのはマーさんのすごく自然で肩の力の抜けた演じ方が良かったのかなあ、なんて勝手に思ってます。他人に対して本気になって叱咤激励が出来たり、優しく出来たり感謝を難なく口に出せたり、後輩のミュージシャンに「俺なんかよりもっと凄いミュージシャンになれる」と何度もあっさり言えるようなキャラが、こんなに違和感ないなんてすごい。
誰にでも真剣に気持ちを注げる人で、でも凛呼さんに対してだけは格別の愛があるのが、見ていて伝わってくるあたりがさらに素敵。
あと、全体を通して、死んでしまってからの圭吾が、すごくからっとしていて、死んでしまってなお前向きでいてくれたところが、私は特に好きでした。心残りがあったからこそ常世に留まっていたけれど、その心残りは「大事な人に自分の気持ちを伝えたい」というとことんポジティブな理由なんですね。自分のためじゃないんだよなあ。
そんな風に、死んでからもずっと淡々と、時には元を叱咤激励しながら、行動していた圭吾が、最後に凛呼さんに怒鳴られた時の表情とか、子供がいると聞かされたときの表情とか、上にも書きましたけど姿が見えたと分かった瞬間の表情とか、その悲痛さが際立って、胸を打つどころの話じゃなかったです。本当に良かったなあ。素敵だった。


あべさんは、まずもってその存在感が凄い。あべさん扮する元(はじめ)が出てきてからの芝居の加速度がそれまでと比べて段違いなのです。出てくるなり釘付け。本当に器用というか、何でこんなに何でも演じられちゃうんだ?と驚くばかりです。気が弱くて人付き合いが苦手で、でも人と話すことが実は好きなが、出てきて見せるぎこちない笑い方とか、いかにも人付き合いに慣れてない戸惑い溢れる言動とか、李太郎に引き続いて普段のあべさんからは想像もつかないキャラクターを何ら違和感なく演じているのが素晴らしい。あべさんのお芝居を見ていていつも思うのは、ものすごくその人物が出来上がっているな、ということ。ニュアンスなので上手く言葉に出来ないのがもどかしいのですが、その人物を深いところまでめちゃくちゃ掘り下げて、根っこから作り上げて演じている、という印象があります。作りこみというか、練り上げてるというか、積み重ねが見えるというか何と言うか。ああいうのを役作りが出来ているというのだろうか。違うかも。分かりませんが、あべさんにはいつも、「この役をどういう風に思ってるんですか?」と聴きたくてたまらなくなります。李太郎のときも、この台詞どういう気持ちで言ってたんですか、と聴きたい気持ちで一杯でした(笑)
上手いなあ、と思うと同時に、底抜けに面白いというのがあべさんの凄みかもしれません。ちゃんと演じていて、且つ笑いも取って。でしか出来ない笑いの取り方をしてきているということかもしれない。あべさんには感動させられたり芸人としての凄みを感じさせられたりして、忙しいったらないです。


フォービーズの伊藤さんは、「スターの光!」を見て打ち抜かれて以来、大好きな女優さんなのです。ヒロインを演じていると知ったとき、見るのが楽しみで楽しみで。改めて見てやっぱり大好きだ!と思いました。
決してすっごく綺麗な人!という感じではないのですが、それが逆に私は好きで。なんだろうなあ、独特の存在感があるのかな、と思ったりしますがよく分かりません。ただ、ひとり座って待ちぼうけ状態の静かな様子も、遅刻をしてきた圭吾に対してしょうがないな、みたいにゆったり微笑む姿も、小さな仕草やちょっと俯いて涙をこらえる様子だけで、いろんなものが見ている側に伝わってくるのが、素晴らしいな、と。女優さんなので当たり前のこと言ってて逆に失礼な気がしてきました。
圭吾の事故の瞬間の悲鳴の悲痛さにはびくっとなってしまった。お葬式で直樹が土下座をしているのを見ているときの悲痛な表情も目に焼きついてます。
あと、スターの光でもそうでしたけど、周囲が小ネタで笑ったりしてても、伊藤さんは笑っちゃいけないシーンでは絶対!笑わないんですよね。これまた女優さんなんだから当たり前、なのかもしれませんが、空気を絶対に壊さないところとか、頼もしくさえある(笑)
カーテンコールで、マーさんやあべさんが「伊藤さんがいてくれたから芝居がしまった」と言ってましたが、「スターの光!」のカーテンコールでもまったく同じことを大村さんが言っていたのを思い出しました。女優さんて、本当に凄いんだな、と実感。


LLRは伊藤ちゃんのおおらかさと善良さ、福田さんの胡散臭さとドライな雰囲気がそれぞれ存分に生かされていた印象です。LLR単独の福田花月との違いを考えると、やっぱりあれはコントらしく演じていたところも多々あるんだろうな、と思えました(笑)福田さん、実は相当美味しい役だったなあと。一人で悪者ぶりを発揮していたのに、最後に渋くかっこいいところを見せてくれて。足長くまさん(でしたか?忘れてしまいました。)の招待については、早い段階でなんとなくこうだったりして、と勝手に思っていたのですが、こういう予想は当たるとちょっと嬉しい。しかしヒゲ面は貴重でした(笑)
伊藤ちゃんとフルーツポンチ亘さんのコンビは本当に見ていて微笑ましかったなあ。無理なく圭吾を応援してやまない事務所の二人って感じで、一生懸命な様子とか、圭吾のこと大好きって態度は、見ててにこにこしてしまった。それだけに、圭吾が死んでしまってからの悲痛さはなんとも言えず寂しかったし、元によって圭吾の言葉を聞かされた二人が椅子に向かって抱きつく様にはついつい笑ってしまったのでした。伊藤ちゃんも良かったけれど、亘さんは本当に出来る人だな!と思いました。愛嬌もあるし、憤るときの向こう見ずさも爽やかでよかったなあ。
相方の村上さんは要所要所にアクセントをつけてくれる役で、ある意味村上さんの持ち味を余すところなく発揮、といったところでしたか。出来る人なのはなんとなく分かるから、次はもっと話に深く関わる役を見てみたい気もします。あべさんと最後の最後の決めポーズをバシッと決めるあたりは、美味しいな、と思いましたが(笑)
来八は、小林さんが本当に男前だな、と。ロックミュージシャンと言われても何ら違和感がありません。お芝居も上手だしなあ。田中さんは、驚くほどぐだぐだなニュースキャスターでしたが・・・(笑)


忘れてた。オープニングの演出が最高に好きでした。神保町花月を今まで何本か見てきたけれど、不思議なもので、オープニングの演出で「お!」と思ったお芝居は、面白かったーといえる確率が私の中では10割に近いくらいです。*1今回のもすごくオシャレで、最後に舞台上の圭吾と彼を客席から見上げる凛呼さんが残ったあの絵がすごく綺麗で印象的でした。


色々と語り始めるとキリが無いですね。また色々と思うところが出てきたら追記したいところです。
とにかく、今後もマーさんとあべさんが参加される神保町花月の公演は、なるべくおさえていきたいな、と思いました。真ん中にあれだけ演じ切ってくれる人が複数いると、もうお芝居としての見栄えが俄然違ってくるんだな、と。

*1:「ハッピーな片想い」「THE MOOM-TARO」「4.5階の狂気」「ソビエト」ときて「僕を忘れて」。